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実は先日遺族会(2次大戦の戦没者)の慰霊団の方々がポポンデッタに来られていたんですが、その慰霊団の方が、車椅子を寄贈してくれました!
これです!





防水性の青いシートと、ブレーキ付のハンドル。至って普通のノーマル式車椅子なのですが、さすがは日本製。ひと味違います。

何が違うかと言うと、車椅子のねじが一つも緩んでいません!
パプアの車椅子は、新品でもねじがゆるゆるで、本当にこの部品でいいのか?と疑いたくなるようなねじが付いているのですが、日本製は完璧!
メンテナンスする必要もなく、すぐに使うことができます。

それに、さび一つないボディー!
日本なら新品が錆び付いていたらクレームものだと思いますが、新品でもすでにさびているのがパプア。
ちなみに、こないだ着いたオーストラリア製のベッドもすでにサビサビでした(苦笑)

というわけで、こんなにいい車椅子は、今まで自分が見て来た中にはなかったし、もしかしたら、パプア1良い車椅子かもしれません。
こんな良質な車椅子はお金出しても買えないですし。

最後に遺族会の皆さん。本当にありがとうございました。病院一同本当に感謝しています。
この車椅子は大切にリハ室で使わせてもらいますね。
病棟に置くと1週間持たずに汚くなるので(笑)
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お久しぶりです。
先週あたりは、ボイルで四苦八苦していましたが、おかげさまでめでたく回復しました!

まだ若干脚は引きずっていますが、それも少しはれている程度。
こないだのような猛烈な痛みはなくなったので、めでたく仕事にも復帰できました。

心配おかけしてしまった皆さんすみません。そして、メッセージをくれたYuさん。返信できなかったので、ここでお礼を言わせてもらいます。ありがとうございました。

ともあれ、回復したのはいいですが、仕事は山積み。
ようやくエルシーが仕事に来てくれるようになったので、いろいろ決めないといけないことはあるし、今月末からマダンへの出張の準備はしないといけないので、結構忙しくなりそうです。

でも、痛みが無くなって仕事ができるだけで、本当によかった。
毎日夜が来るたびに今日は眠れるのかどうか恐れていた日々を顧みると、ちょっと歩けるだけでも本当に幸せを感じてしまう今日この頃です。

しかし、本当に冗談ではなく、あんな痛みがこの世に存在するんですね。
もう二度とごめんなので、これからは、毎日靴下着用で予防を心がけたいと思います。

ではまた。皆さんも体には気をつけてくださいね。
Lukim yu gen
こんばんは。イトウです。
早くも今日は木曜日。引き続き痛みと格闘を続けています。

とはいえ、もしかしたら今日は若干回復を見せているのかもしれません。

というのも、もう夜中は毎日、痛みであっちを向いたり、こっちを向いたりのたうち回っていたんですが、昨晩は一度も起きることなく眠れたからです。

熟睡できるっていうことは、本当に幸せなことなんですね・・
同僚2人ともが、小さな子供を抱えているので、彼らの睡眠不足という苦難を少しだけわかった気がします。

一応、傷の様子も若干いいようです。
今日になってようやく、足の裏からうみの様子が見れるように(人様に見せるものではないので、画像はないです)なり、 待ちに待った傷口の破裂も、もうそろそろのようです。

もうここ最近は、早く傷口を切って、うみを出してやりたい!
という、猛襲に取り憑かれていて、昨日あたりは本気で自分で切ってしまおうと思い詰めていたのですが、同じ病に悩まされた同期のTさんの闘病記を聞いて、思いとどまり、今日もなんとか耐えています。

でも、本当に早く直ればいいなーと強く願いつつ、今日のブログは終えたいと思います。

ちなみに現在の体温は38℃。
足先の水際で感染を止めることができず、現在絶賛熱発中なので、文章が読みにくかったらすみません。
Lukim yu gen





現在の私。右側のほうが患側で、足の裏に痛みがあります。
あらすじ
二○一二年弐月、出勤表の作成という一事から始まった、エルシーと私の争乱は、上司への報告書(年間報告書)の提出を持って、さらに悪化の一途をたどった。
報告書には、彼女がほとんど仕事に来ないことが明記されており、それは、彼女にとっては到底受け入れられないことであったためである。
彼女との争乱は、先週、先週末を通して、主にメールの応酬(二度とこういうことは書くな!書く時は私に相談しろ!など)を持って行われ、激しい戦闘が繰り広げた・・。
そして、今週、事展は急展開を迎えた。


と、先週ネットがダウンしていたためブログをアップできなかったんですが、ちょうどこんなことが起こっていました。
足は痛いし、エルシーは全然仕事に来ないし、先週は相当ハードだった訳ですが、今週になって、彼女は激変!
昨日も今日も彼女は仕事に来て、患者を診察すると言う、今まで僕がずーっと願っていたことが実現しました!

彼女が仕事に来てくれたので、今日は本当に久しぶりにみんなでミーティングをした訳ですが、なんでも家族と話して、考えを改めたとのこと。

「今までは、家事と自分のベイビーのことしか考えていなかったけど、これからは、毎日仕事に来るし、仕事に来られない時には連絡する」
という、今までの行動では空耳か?と思ってしまうほど全うで、しっかりした決意表明に、ここ半年ほど溜め込んでいたストレスが、軽くなっていくのを感じました。

というわけで、いままでの争乱にピリオドを打ち、明日は、今年の年間計画をみんなで作る予定です。
あぁそうだよ。僕は、こんな活動がしたかったんだ・・。
そんな、満足感があった今日でした。


とはいえ、注意しなければならないのは、これが継続するかどうかということなんです。残念ながら。

本来なら、
「輝く明日へ向かって、みんなで競争だ!」
とでも、青春まっただ中を演じていたいところなのですが、そうはいかないところがPNG。
もしかしたら、来週には決意は変わっているかもしれないので、過信は禁物なのです。

仲のいいパプアの友人が
「You can’t trust anyone. 誰も信じたらだめだよ」
と言っていたことが思い出されてならないですが、とりあえず今日くらいは全面的に信じてみたいと思います。
まぁそのうち後日談でお会いしましょう。
Lukim yu gen
幼い頃から、私の体は丈夫で、ほとんど病気といったものはしたことがありませんでした。
特に骨格は母さんに似て丈夫にできていて、捻挫一つしたことがありません。
それに、病院で治療を受ける時でも、特に“痛い”と感じることがあまりなかったと思います。
なので、怪我を見る専門家の理学療法士になっても、痛み止めなんて、使わない方がいい!と、心のどこかで、横暴に考えていました。

そして現在。
そんな自分自身をとても後悔しています。

この間、(といってもブログ上ではほぼ同時期ですが)ブログに、足が痛いんですよねーと書いていましたが、あんなものは、全く序章に過ぎませんでした。

こないだは、歩く時に痛いと言っていましたが、今は、何もしていなくても痛い。という、痛みのグレードで言えば、最高ランクのレベルに達しています。

その痛みも、鈍い痛みではなく、電撃のような痛み。特に休んだ後に動き始めると、まさに悶絶!
痛みを感じて、涙が出て、吐き気がするのは、生まれてはじめてです。

激痛で深夜に目が覚めて、1時間くらいのたうち回って、痛み止めが効いてくると、ようやく睡眠。
そんな生活が続いて、早3日。もう、大分しんどいです。

健康な時は気づかないけど、健康!っていうだけで、本当に幸せなんですよね。そんなことを改めて感じていました。

ともあれ、そんな私の心の支えは、今日になってようやく抗生物質が始まったこと。
抗生物質が、
“このやろー!体から出て行けー!!”
と病原菌と戦う姿を妄想しながら、早く回復することを祈っています。
以上。傷病報告の続きでした!
Lukim yu gen
それは、パプア隊員では誰もが恐れる病の名前です。

足に何かできものができたかな。
そんな風に軽く考えていると、命取り。
それはどんどん大きくなり、破裂。中からうみが出てきて、強い痛み!
しかも、なかなか直らない・・という、厄介この上ない病気です。

相当数この病にかかったと言う話を聞いていたのですが、皆さんももうお気づきでしょう。
どうやら、僕もこれにかかってしまったようです。

発端は1週間ほど前。
今日も庭掃除に精を出そうと思って、ブッシュナイフを振り振りしていたんですが、終わり頃に足に違和感が・・

あんまり細かいことを気にするたちでもないので、謎の痛み発症!だなんて、放っておいたんですが、1週間放置しても痛みは消えず。
むしろ、昨日もちょっと作業したせいで、痛みがさらに増してきました。

今日になって若干ふくれてきているようなので、おそらくボイルだとわかった次第です。

本当は安静がいいのでしょうけど、買い物などを考えるとそうもいかず・・

ちなみに、ボイルができた場所は足の裏。
歩けば歩くほど悪化すると言う、すてきな場所にできてしまったので、必要最低限の動きで過ごす今週末です。

以上、傷病報告でした!
Lukim yu gen

ちなみにボイルとはBoil
煮る。じゃありませんよ(笑)はれもの、おできの意です。
そんなかわいいものじゃないんだけどな〜


これは、闘病生活のまだほんの序章であった・・
注意!!多分愚痴になります。

本日時々起こるエルシーVS私のバトルが再発しました。
発端は昨日にさかのぼります。

皆さんもご存知の通り、今日から2月。
ということで、今までずーーっと抱えていた問題を解決するべく、ある“腹案”
を実行に移した訳です。
それは、勤務表を作成すること。

今まで何度かブログにも書いていたかもですが、僕の職場には大きな問題があります。
それは、スタッフが仕事に来ないこと。

仮にきたとしても、友達とトクトク(話すこと)しているだけで、時間が過ぎ、ランチタイムに帰宅。そして午後には戻って来ないという問題が長々数ヶ月にわたって続いてきた訳です。

まぁ名前もあげてしまいますが、来ないのは主に同僚のエルシーです。彼女はオロ州唯一の理学療法士。もう一人の同僚のルーカスが最近謎の病でずっと調子が悪いので、働けるのは、実質僕と彼女になるので、大変重要な人物。

僕が病院にいない場合には、彼女が主に診療を行うことになるので、彼女が仕事に来ることはとても重要になるわけです。

しかしこいつは仕事に来ない!!

午前中も定時に来ることはないし、午後も来るのは1週間に一度くらい。僕が仕事に来てない時は、それがさらに悪化するので、困ったものです。

他部署のナースからも苦情が殺到。
一応僕が理学療法部門のボスになるので、彼女への苦情は全て僕の方に流れてきます。

「なんでM(私の名前)しか病棟に来ないんだ」
「なんでMしか患者を見ないんだ」

最近では、クレーム担当だけでも結構疲れていた訳です。

導入が長くなってしまいましたが、そういうわけで、勤務表の導入を決めた訳です。

昨日の話し合いの時には、エルシーも渋々了解といった感じで了承したと思っていたのですが、今日実際勤務表への出勤時間を書いてもらうように頼むと、かなり怒った様子で、
「私は書かない!」
というわけです。

僕は説明。まずは仕事にこないと患者を診れないこと。もし、勤務表以外に出勤をコントロールするいい方法があれば教えてほしいことを伝えました。

すると彼女のひとこと
「私は来たいときだけ、仕事にくる」
Sapos mi pilim orait, mi kam. Taim mi no ken kam, mi no kam.

英語に直すと、
If I feel good, come to the work. When I can’t come, I don’t come.
です(多分)。

頭からすっかり日本人な僕は、衝撃でした。

来たい時だけ仕事にくるって・・
来ない時には患者は彼女が来るのをずっと待ってるのに・・

もうなんというか、短気な僕ですが、怒りを通り越して、ただ悲しくなってしまいました。

きっと、これも文化なんでしょうね。

日本じゃ仕事に来なければ、じゃあ仕事やめればで済むのですが、パプアでは別に仕事に来なくても解雇されることは、まずありません。
ということは、おそらくパプアでは彼女はそんなに間違っていないということ。

JICAの研修を受けていた時に、
「隊員は現地の価値観のものさしを身につけなければならない」
と言う話を聞きましたが、未だにそれを身につける日は遠いようです。

というか、身につけたら日本に帰れなくなるわ!そんな一人突っ込みで過ごす今日の一日でした。
Lukim yu gen


ちなみに、出勤表を書きたくない理由は、
「私は公務員だから書く必要はない」
「暑い日に仕事に来たくない」
というのが理由でした。
子供か!(怒)
 

プロフィール

イトウくん

Author:イトウくん
青年海外協力隊で、パプアニューギニアに派遣中のイトウです。
たまにぼちぼち更新してます。自他共に認める筆不精ですが、好意的なコメントは常時募集中。また、厳しいご指摘も、テレパシーで受け付けております。

 
 
 
 
 
 

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