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大分遅くなりましたが、両親からのプレゼントを渡した時の様子を書きますね。

両親から病院スタッフへ渡す用にもらったプレゼントは、子供用、スタッフ用様々。
 子供用としては、コマだとか、けん玉、万華鏡。アダルト用としては、タバコ(マイルドセブン)や、ボールペンなんかを用意して、準備万端。
ボールペンは、一人数本は渡せるし、おもちゃも子供一人に一つくらいは優にあります。
 これで準備は万端。
ちょっと早目のサンタクロースさながら、袋に色々詰めて出発しました。
 
 まず目指す場所は事務所。事務所は以前僕のデスクがあった場所だし、ボスも多いので、最初に配るのはここだと思った訳です。

 というわけで、向かったのは、仲良くしてる他部署のボスのところ。彼女のオフィスに行き、挨拶を。そして、プレゼントを選ぶように伝えると、彼女は3つほどのおもちゃと、ボールペンを喜んで受け取りました。

・・・さて、突然ですが、ここでクエスチョンです。
この時点で、僕はすでに取り返しのつかない重大な失敗を犯しています。
それはいったいなんなんでしょう〜?

答え:プレゼントを選ばせている。

でした。まぁ察しの良い方にはもうわかってしまうかもですが、これは途上国で御法度。
日本では当然一人一個と言ったら一つしか取りませんが、途上国ではそうはいきません。
目の前にあるものは、有無を言わせず取る・・
それは、比較的エリートの病院のスタッフも同様でした。

一人一つだったはずのおもちゃは、いつの間にか一人3つ位になり、おのおの欲望のままに取りまくります。

本来なら、全てのスタッフに行き届くはずだったプレゼントは、事務所だけで、ほぼ全滅!
タバコに関しては、封を開けてなかったカートンを、そのまま一つ持ってかれてしまいました!

若干残っていたおもちゃとボールペンをやっとのこと回収し、他の部署にはボールペ数本という残念な結果に・・

しかし、今回悪いのは全面的に私。
しばらく日本人コミュニティーにいたので、すっかりパプアとはどういうところなのかを忘れていましたようです。

次があるなら気をつけないとですね。
とはいえ、みんな喜んでいたので、みんなの写真を載せたいと思います。
Lukim yu gen




オフィス関連のボスのジェーン。彼女は万華鏡を受け取りました



RIMG0411.jpg
パプア最高学府(UPNG)卒のギブソン。2週間くらい何故か仕事を休んでいたようですが、プレゼントを渡すと伝えると、プレスからすぐに取りに来ました。



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オフィスでよく世話になるジュリー(左)とゴワス(右)ジュリーは僕の文章の校正もしてくれます



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一応僕のボスにあたるDrギアラ。良い人なんですが、何故かこんな写真に。テレた?



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僕に襲いかかり、もう少しでムショ入りになりそうだったケティー夫妻。安全保障として、彼らにも一応プレゼントを


RIMG0409.jpg
彼女はオフィスの・・秘書の一人です。ちょっと名前をど忘れしました。ソーリー
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観光というか、今作っている本の資料が必要だったので、任地近くのブナというプレスに行ってきました。

ブナ。そこは知る人ぞ知る旧日本軍の激戦地の一つ。
戦時中に、ポートモレスビーを攻略するための最前線基地の一つだったところで、この基地が陥落する時には、高知県出身の兵隊が、大勢亡くなりました。

僕の任地ポポンデッタは、周りにこんな戦争の跡地がたくさんあります。

本当なら写真のためじゃなくても、前から慰霊目的に行きたかった場所の一つなのですが、そこはPNG。
僕の任地からは30Km位しか離れてないのに、ここまで行くのには一日がかり。

理由は・・言うまでもないですが、移動手段がないこと。PMV(乗り合いバス)は一日1本は出ているらしいのですが、本数が少ないので、行ったら行きっきり。
まるで千と千尋のような、私の任地です。

ともあれ、今回の取材旅行には道ずれが一人。
病院のスタッフのJOYが取材に同行してくれました。
実は彼女Buna出身。

別に一人で行く気になれば行けるのですが、プレスにいくなら、出身者といくのがこの国の鉄則。
お願いして、案内してもらった訳です。

という訳で出発。
ちなみに今回の旅路は、陸路だけじゃなくて、ディンギーも使います。
ディンギーというのは、まぁ小型船なのですが、笹の葉状の漁船をイメージしてもらえれば、まず間違いないでしょう。

というのも、Bunaへの道のりはこの辺りでも特に悪いので、車だけだと本当に大変なのです。

といっても陸路も楽じゃありません。
なぜかというと、今回はプライベートの旅行。ホスピタルのランドクルーザーは使えないので、使うのはトラックタイプのPMV。

まぁぶっちゃけていえば、トラックの荷台に座席を作った乗り物です。
乗り心地は・・まぁ言うまでもないでしょう。

板の座席には、もちろんサスペンションなんていうものは着いてないので、座り心地は最悪!選択板状の道路のでこぼこが、直接尻に響きます。
なかなか、経験したことのない乗り物でした。

という訳で、まず向かった先は近所のゴナ。ここは前に何度か紹介しましたが、ポポンデッタに一番近い海岸。
ここからは、ディンギーで向かいます。

しかし、このディンギーも超満員。
乗り心地はこの際移動手段が少ないのでいいのですが、喫水線?が船体の3/4を超えています!

まぁ、船が重すぎてほとんど沈んでいるといえばイメージしやすいでしょうか。

くわえて、その日は結構な時化。
いつも穏やかな凪が多いPNGには珍しく、海がものすごくうねっています。
ペーパー船長でも、実は船舶免許を持っている私。
なかなかスリリングな体験でした。

そんなこんなで、Bunaに到着したのは、もう夕方。

なんでも、今日泊まるはずだった家が改装中だという話で、村人とトクトクしていると、いつの間にかきれいなお月様が出ています。

実はパプアに来てから、あんまりゆっくり星を見たことがないんですよねー。
治安の問題で外に出れないので・・。
そういう訳もあり、久しぶりに星を見れたので、印象に残っています。

そんなこんなで、本当はみんな食事が終わっていたのですが、僕らがきたので、特別に食事を用意してくれました。
これです!

・・・はい。これがパプアの一般的な食事。というか、どっちかというと、奮発してくれている気も。
贅沢を言うなら、ビスケットとラーメンは分けてほしかった・・

というわけで、村人といろいろ話した後ですぐ就寝。
プレスの夜は早いのです。

というわけで、取材は次の日の朝にした訳ですが、移動手段が午前中になくなってしまうので、早朝から出発。

日本軍の対空砲や、メモリアルパークの写真を撮ってきました。

一つ一つ写真を形容することもできますが長々と説明するのもあれなので、割愛を。

写真を載せておくのでお楽しみください。

このブログを書いたのも2週間前。
早く時間ができないかと願う今日この頃です。
Lukim yu gen




トラックタイプのPMVの中。乗り心地は想像にお任せします



RIMG0004_20111225134444.jpg
村に向かうまでのディンギー。人も荷物も限界!喫水線ギリギリです



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船から降りて、30分くらい歩きます。ちなみに見える女性がJoyです



RIMG0032_20111225134444.jpg
日本のメモリアルパークです。ここは比較的手入れされているらしい



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日本軍の対空砲。ここまで行くのでも、相当草の中を分け入る必要があります




RIMG0014.jpg
村で見る月夜。なんだか妙にきれいに見えました
お久しぶりです。
また後日談になってしまうのですが、実は先日両親がパプアまで遊びに来ました!

はるばるパプアまで・・と思われるかもですが、実は日本からパプアへは直行便があります。
土曜日の夜に成田出発で、パプアに着くのは朝4時半。

ブカやらアラワなどの観光が終わって、POMに戻ってきた時に合流したわけです。
最後にあったのが、たった1年前位のはずなんですが、なんだかこっちに来てから体感的には3年くらい経っている気がするので、気分的にはずいぶんと久しぶりの感じです。

ともあれ、再開を懐かしむわけでもなく、すぐに国内便の乗り換えがあります。
行き先は、国内外国と呼ばれるアロタウ!

比較的ポポンデッタからも近いので、ずーっと行きたかったんですが、ようやく願いがかないました!

飛行機に揺られて約1時間。
アロタウの町に到着したわけですが、噂は本当でした。

なにかというと、アロタウは他の町と違って、ゴミが散乱してないんです!
いつもとっている写真からは十分つたえられてないやもですが、パプアの町は大体ゴミが散乱してます。

プラスチックの袋からブアイの皮まで様々ですが、大体とても汚いのが普通。
でも、アロタウの町はなぜかきれい。
しかも、海がきれいで、美人も多いので、隊員からも当たり任地と呼ばれているわけです。
(ちなみにポポンデッタは外れ任地です)

町ではアロタウが任地の隊員とご飯を食べて、午後になったら、タクシーで目的地へ出発!

目的地はアロタウから2時間ほど離れたイーストケープ。
道路は途中までは舗装路でしたが、途中からは結構な悪路。パプアに慣れている僕はそうでもないのですが、両親は結構参ってしまったようです。

なにはともあれ、イーストケープのゲストハウスに着いたのが、夕方の5時頃。

宿泊費が一人K25(約800円)ということもあり、トイレはボットン。シャワーすらない宿でしたが、そこからの眺めは格別。

陽が沈むと、ライトの代わりにランプが支給されたので、その明かりをたよりに海を眺めるのはなかなかの贅沢でした。

とは言え、両親はパプアへの飛行機の移動と、車での移動が重なったので、大分お疲れの様子。
しかもシャワーがなかったので、最初はキツかったようです。
今考えると、自分が野生化していることを考慮するべきだったかも・・

というわけで、最初はそのゲストハウスに泊まったわけですが、次の日はもちろん宿は移動。近くにあるタワリリゾートへ場所を移しました。

タワリリゾート・・できればもう一度行きたい位いいホテルでした。
イーストケープの北側にあって、周りからはほとんど隔絶されているので、騒音はなし。
そのかわり、食事はすべてホテル内でしないとなので、お金はかかりますが、その点を引いたとしても、なかなかこんなにきれいな海は見れません!

すぐとなりの州なのに、海が汚い私の任地。
パプアニューギニアといえば海がきれい!・・ということになっていますが、ここまできれいな海はパプアでも少ないんじゃないでしょうか。

そこでなにをやったかというと、ダイビング。
実はタワリリゾートには日本人インストラクターが常駐しているので、ダイビングの指導なんかも受けることができるんです。

今回取ったのはアドバンスコースだったんですが、きれいな海でダイビング。しかも日本人インストラクター(女性)と一緒。
久しぶりのハママス(幸せ)な時間に、2日間も両親を放っぽって、ダイビング三昧をしてしまいました
親不孝と言わないでください(笑)

ともあれ、ダイビング後は両親と近隣を散策しに行ったり、両親は両親でシュノーケリングや、シーカヤックをしてアロタウライフを楽しんだわけです。

しかし!!
災難はこのあとに待ち受けていました。
アロタウには計4泊したわけですが、次の目的地はいよいよポポンデッタ・・

という段になってトラブル発生!
なんと、前日ポポンデッタに大雨が降ったせいで、町と空港をつなぐ橋がバカラップ(壊れる)

全部のフライトがキャンセルになってしまったんです。

当然両親と僕も任地には帰れず・・

しょうが無いので、首都のポートモレスビーで2泊して両親は帰って行きました。
何でも後から聞くと、アロタウは楽しかったけど、首都での2日間が心身ともに疲れたらしいです。

僕は慣れてしまったので、首都に上京すると若干癒されるのですが、免疫のない両親には、荒んだ首都の空気は肌に合わなかった様子・・。

加えて、予約していたホテルが勝手にキャンセルされていたので、泊まったホテルがまたひどいホテルで・・

ここでちょっと陳謝。
お母さんお父さんごめんなさい。
実はあそこは、連れ込み宿的な存在です。
硬いベッドに煙草臭い部屋。
自分から、「じゃあ今日は俺がお金出すから良いとこに泊まろうよ!」
位言えなかったのが申し訳ない・・

せっかく日本から来てくれたのに・・
すみませんでした!

というわけで、両親は日本に帰っていったわけですが・・
自分の荷物の中には、両親が渡すはずだった、たくさんのおみやげがあります。

というわけで、次回はみんなにおみやげを渡した様子を書きますね。
Lukim yu gen

最近忙しくてなかなかブログをアップできませんが、近日中にまたアップ予定です。




タワリリゾートから眺める風景



RIMG0359.jpg

タワリの近くにあるガイコツ洞窟。なんでも、昔戦って勝ったら、その首をここに置いていったんだとか・・


RIMG0365.jpg
ココナッツを飲むうちの両親2人。パプアのを飲んで、ココナッツ嫌いが治ったそうです(笑)
 

プロフィール

イトウくん

Author:イトウくん
青年海外協力隊で、パプアニューギニアに派遣中のイトウです。
たまにぼちぼち更新してます。自他共に認める筆不精ですが、好意的なコメントは常時募集中。また、厳しいご指摘も、テレパシーで受け付けております。

 
 
 
 
 
 

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