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ラバウルに次いでやってきたのはブーゲンビル島のブカです。

この間のラバウルへの移動は出張だったのですが、今回のブカへの旅費は実費。
今いる先輩隊員のY隊員が居なくなると、しばらく理学療法の隊員がいなくなってしまうので、自費で視察に来たわけです。

と言っても、ココポと違って、ブカは取り立てて観光資源はないのです。
そしてインフラも整っておらず、Y隊員の調査(というかバイクの走行距離)によると、舗装路は全長12Kmしかないとのこと。
ちっちゃな島です。

というのも、ブーゲンビル島は1998年まで内戦が10年間も続いており、現在も自治州となっており、独自に大統領も持っていて、住民からも
「俺たちは自由だ。パプアと一緒ではない!」
という気概を耳にします。

とは言え、自治州になってから大分経っていて、パプアやオーストラリアなどから莫大な資金が流れ込んでいるはずなのですが、元の州都は未だに半分廃墟。

個人的には、他の任地と比べてやたらと多いビールショップが気になります・・。

とは言え、ブーゲンビル島は、地理的・文化的にもパプアとは若干異なります。
興味があれば見てもらいたいんですが、パプアというよりは、ソロモン諸島。
人種も異なっていて、ブーゲンビル出身者の肌は真っ黒!

聞くところによると、ジェットブラックと言って、世界で一番黒いんだそうです。
もちろんアフリカよりも!

体格も、頭は小さく腰が細い(パプア人は腰がない場合が多い)ので、隊員の間では、3大美人任地(他はマヌスとミリンベイ)と呼ばれています。

余談がとっても長くなりましたが、現在隊員が派遣されているのが、本島から2分ほど離れた小島にあるブカ。
本来はただの小島ですが、内戦の際に重要施設が全部この島に移ってきたので、現在の州都となっています。

本島の中間部には元の州都だったアラワ市。その下にはブインがあるのですが、日本人が近づけるのは、アラワ市の北側のみで、南側は渡航禁止地区となっています。

なんでも、以前観光客がロードブロックに遭って以来行けなくなったとかなんだとか・・

ともあれ、今回僕達が言ったのは、アラワ市内まで。

現地の住民と行動を共にしたのですが、この道がひどかった・・
元々サンゴ礁で出来ている島なので水はけが悪く、無論舗装などされていません。
川も多いのですが、内戦時に破壊してしまったので、現在JICAが無償資金協力で建設中。

ポポンデッタの交通も酷いものですが、舗装されていないことを考えると、こっちのほうが深刻そうです。

ガタガタ道をランクルで揺られ、所要時間4時間半。
着いた町は、廃墟。
未だに電気は復旧しておらず、銀行も郵便局もありません。

結構いろいろパプアを旅行している僕ですが、こんな町は初めてです。

あと、この街の特徴としては、スーパーが1件もないこと。

なんでも、パプア人以外の営業を禁止しているらしく、世界中どこでもたくましく商売をしている中国人が、この街にはいません。

パプアの大型店の経営は、ほとんどがアジア人。
現地人の店は、大抵小さな商店だけなのですが、アラワの店は全部がこの小さな店なんです。

もちろん、電気もなくて、店も真っ暗。
街の規模に比べて、大きな店が一件もないのは、ちょっと独特の雰囲気でした。

こう書いていると、なんにも面白い所がなかったようですが、よかったところは、ゲストハウスが良心的なところ。

泊まったところは、本当は一人K160(6000円くらい)だったんですが、まけてくれて一人K100。
しかも、食事に鶏肉もつけてくれました!

日本では当たり前かもですが、これは結構うれしい出来事。
アラワで一番よかったのはゲストハウスかもしれません。

でも、一番良かったのがゲストハウスって・・
もしあなたが旅の達人で、機会があればどうぞ。

僕は多分もう行かないです(笑)
Lukim yu gen




ブカの海岸。この船に乗って、反対側の岸に行くと、もうJICA的には危険地帯だそうです

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ブカの病院。新しくてきれい


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アラワにある廃墟。中には木が生えている場所も


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廃墟。でも中には人が住んでいます


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こんな感じ


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筆が乗った時に、ついでに書いちゃいます。

前のブログに書いていたココポですが、実はこの場所、第二次世界大戦で有名なラバウルのすぐ近くにあります。

ラバウル。皆さんは知っていますか?
大戦中に、死んでも帰れぬニューギニアと呼ばれたパプアですが、ラバウルはその中でも一番有名な基地で、終戦まで堕ちなかった基地の1つです。

「さ~ら~ば~ラバウルよ~」というラバウル小唄が有名じゃないでしょうか?
うちのじいちゃんが、昔よく口ずさんでいたそうです。

ちなみに、じいちゃんは戦争に行ってないです。

話が少しそれました。ラバウルは数年前に火山が噴火したので、一度壊滅。今も火山活動が活発なので、州都機能が移った先が、近隣のココポというわけです。

歴史が大好きな私。一度ラバウルには来てみたいと思っていたのですが、まさか本島に来ることになるとは・・しかも現在パプアに住んでいるんだから、人生わからないものです。

ラバウルは、旧日本軍の恒久基地があったくらいなので、数多くの戦跡があります。
海に墜ちている輸送船や、零戦。
山本五十六※の死ぬ前日に指揮をしていた基地跡なんかがあります。

※旧日本軍太平洋艦隊の司令官。「やってみせ、言って聞かせてさせてみて。褒めてやらねば人は動かじ」で有名。

広域研修が終わったので、早速観光。
特に印象に残ったのは基地跡で、基地といっても、完全に防空壕。
明かりはないし、暑いし、狭いし。
観光で来ているならともかく、この中で作戦を考えていたのかと思うと、頭が下がります。

しかし驚いたのが、高台からラバウル市内を見下ろしていた時のこと。
あらかた観光が終わって、そろそろ帰ろうかと思っていると、ドン!!とものすごい轟音。

見てみると、火山灰が積もった旧空港跡に、軍艦が発砲しているじゃないですか・・




こんな感じ

確かに空港後を見学するときに、オーストラリアの軍人が、これから演習があるから近づくなーとは言っていましたが、まさか発砲するとは・・

別に検問があったわけではなく、他のナショナルも素通りだったので、さすがに驚きました。

普段パプアのここがだめだとか何だとか言っている僕ですが、現地人が巻き込まれていないことを祈るばかりです。

というか、旧宗主国とは言え、実弾はまずいでしょう。
もし彼らが巻き込まれても、「ソーリー」で済んでしまうのはわかっていますが・・

ともあれ、ラバウルの観光はこんな感じ。
他にはココポ近辺の隊員自宅などもおじゃましたのですが、機会があったら、また紹介します。
Lukim yu gen

次はブカ観光の模様をお伝えしますね。

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ラバウルの町は復興してますが、未だに道路の多くは火山灰に埋まっています


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ヤシの木。噴火の時に焼かれて、頭がない木もちらほら


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第二次大戦の慰霊碑


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司令部の中には、未だに壁に書かれた地図が残っています
お久しぶりです。イトウです。
地元(ポポンデッタ)を離れるとブログをとたんに書かなくなる自分ですが、例に漏れず、しばらく音信不通ですみません。

こないだたしか、しばらく任地を離れると言ったと思いましたが、未だに任地に戻らず放浪中。今は、ブーゲンビル島(山本五十六が撃墜された場所)のブカに、地方視察に来ています。

任地に戻らず何してんだ!とお叱りを受けるかもですが、気を抜けたのは、本当にここ数日。
というのも、この間まで、ココポで行われた広域研修の発表準備に追われていたからです。

広域研修・・。やっと終わりました・・。
準備だけで言えば、2ヶ月以上。プレゼンも途中で全部作りなおして、気合を入れて望んだので、完全燃焼。
今は真っ白な灰になって、燃え尽きています・・。

とはいえ、広域研修については、まだ説明してなかったですよね。

広域研修は、隊員が企画する勉強会で、隊員とその同僚(カウンターパートと呼びます)が近隣諸国から集まって参加します。

今回の広域研修は、オセアニア地区で行われる保健関係の勉強会で、テーマはジェネラリストの養成。

第4回になる今回は、ナショナルスタッフのお偉いさんも参加したので、かなり大掛かりなものとなりました。
自分はその中の、理学療法士のワークショップを担当。患者の介助方法についてプレゼンテーションを行ったのですが、もちろん英語。

ピジン語なら楽なんですが、英語が・・

英語で喋ってると、現地人に怪訝な顔をされる今日この頃。
ピジン語は、僕の中ですでに第2外国語になっているのかもです。

とはいえ、4日間にわたった研修が全部終わると、みんなもうヘトヘトになって帰って行きました。

という訳で、今はブカの隊員宅にお邪魔して、久しぶりの休日を楽しんでいるわけですが、これからも、まだ僕のラウン(ぶらぶら歩くこと)は続きます。

これから、ブーゲンビル本島のアラワに向かい、そのあと、POMへ帰還。
その後アロタウに両親と滞在した後に、ようやくポポンデッタへ帰宅です。

バイク講習やらなんやらで、すでに3週間任地に戻っていないので、若干ホームシック気味ですが、時間を見つけて、時々地方の様子をレポートしたいと思います。
Lukim yu gen

これ書いたのは、2週間くらい前です




広域研修の会場。会場設営も全部隊員がオーガナイズします。


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Mr. Wilson。パプアの理学療法士のボスの発表


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隊員ももちろん発表します


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病院が好意で、シンシングループも呼んでくれました


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会場近くの子供たち。このあたりはトーライ族の地域で、みんな髪はふさふさ。子供の時は髪の色素が薄くて、
大人になると色が濃くなっていくんだとか・・

 

プロフィール

イトウくん

Author:イトウくん
青年海外協力隊で、パプアニューギニアに派遣中のイトウです。
たまにぼちぼち更新してます。自他共に認める筆不精ですが、好意的なコメントは常時募集中。また、厳しいご指摘も、テレパシーで受け付けております。

 
 
 
 
 
 

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